チーム専属のフルタイムS&Cコーチが毎日どんな仕事をしているか

前回、チーム指導を行うストレングス&コンディショニング(S&C)コーチの契約形態について書きました。

その契約形態の中のひとつにチームとの専属契約があることをご紹介しました。プロや大学チームの専属S&Cコーチとしてレベルの高いアスリートの競技力向上やチームの勝利に貢献する、という仕事はS&Cコーチを目指す人の花形でもあります。
ですが、チーム専属のS&Cコーチが実際に毎日やっている仕事内容についてはあまり知られていないのではないかと思います。

え?S&Cコーチって選手に筋トレを教えてるだけじゃないの?

筋力強化を図るためのウェイトトレーニングの指導がS&Cコーチの主な仕事であることは間違いないのですが、フルタイムS&Cコーチとなると実はそれ以外にも結構いろんな仕事をやっています。

ですが、このことについてはあまり具体的な情報が出回っていなくて、S&Cコーチを目指す人でもあまり詳しくは知りません。もしかしたらS&Cコーチを採用する側のチーム関係者の方々も、S&Cコーチがどんな職業でチームに対してどれくらいの貢献をしてもらえる人材なのか?をご存知ないのかも知れません。

S&Cコーチがどんな仕事ができて、どのようにチームに貢献できるのかを知っていただけたら、「あー、じゃあS&Cコーチの人件費も予算に入れた方が良さそうだ」と考えてくださるチームが増えるかも知れない、と勝手に考えています。

そこで今回は、チーム専属のフルタイムS&Cコーチが毎日どんな仕事をしているかについて、実際にプロや実業団、大学でフルタイムS&Cコーチとして働いてきた私の経験をもとに書いてみたいと思います。

多くのフルタイムS&Cコーチが共通してやっている仕事

ウェイトトレーニング指導

これがS&Cコーチの主たる仕事です。バーベルやダンベルを用いて行う筋力トレーニング( = ウェイトトレーニング)のプログラムを作成し安全で効果的に選手の筋力強化を図ります。
筋力の強化するためのトレーニングだけでなく、筋肉量の増量や瞬発力の強化など、目的に応じた様々なトレーニングを年間計画に基づいて実施していく訳ですが、ここがアスレティックトレーナー(AT)や鍼・灸師、柔道整復師系のトレーナーにはないS&Cコーチの専門性となります。
大学や高校のチームでは、チーム全体またはグループごとに内容が決められたトレーニングを決まった日時に行うことが多いです。一方、プロチームではチームとして決められた内容や日時でトレーニングを行うこともありますし、練習前または練習後に選手個々の強化課題に合わせたトレーニングを個別に指導することもあります。

ウェイトトレーニング以外のトレーニング指導

ウェイトトレーニングと並行してスピードや敏捷性、跳躍力、持久力を強化するトレーニングも計画・指導します。

スピードトレーニング
前後左右方向への移動速度を高めるトレーニングです。どの方向を重点的に強化するかは競技によって違うかと思います。バスケットボールでは前へのスプリントと左右へのサイドステップ(シャッフルとも言います)が中心ですし、バレーボールチームを指導していた時は後方への走り(バックペダル)を結構やりました。また、速度を上げていく「加速」のトレーニングだけでなく、速度を落として止まるといった「減速」のトレーニングもスピードトレーニングのひとつです。

アジリティトレーニング
前後左右方向への方向転換能力を高めるトレーニングです。こちらもどの方向を重視するかは競技によるかと思います。方向転換する方向や場所、タイミングなどがあらかじめ決められているトレーニングと、それらが事前に決められておらずコーチの合図や相手の動きなどの視覚や聴覚刺激に反応しなければならないトレーニングに分類することができ、前者をクローズドアジリティドリル、後者をオープンアジリティドリルと呼んだりします。

プライオメトリクス
高速での力発揮や動作全体のパワー発揮の能力を高めるトレーニングです。筋肉を一度引き伸ばしてから素早く収縮させる伸長-短縮サイクル(ストレッチショートニングサイクル:SSC)動作や、動作が終わるまで関節運動を減速しないバリスティック(弾道性)動作を用いて行います。簡単に言うと、自重で思いっきりジャンプをしたりメディシンボールを思いっきり投げたりするトレーニングです。跳躍力の強化はもちろん、前述のスピードトレーニングやアジリティトレーニングを行う際に必要な瞬間的な力発揮を高めることができます。

持久力トレーニング
長時間運動し続けられる能力を高めるトレーニングです。中〜長距離を一定のスピードで走り続けて心肺機能を高めるタイプのトレーニングや、短距離のスプリントを短い休憩時間を挟みながら何本も繰り返す、いわゆるH.I.I.T(ハイインテンシティインターバルトレーニング:)のようなタイプのトレーニングなどがあります。トレーニングのタイプやスプリント強度・本数・休息時間の長さなどは、競技特性や年間計画のどの時期なのかによって変わります。

練習および試合のウォーミングアップ

チーム練習や試合前のウォーミングアップ(w-up)を担当します。
関節の可動域(モビリティ)や安定性(スタビリティ)を改善するエクササイズやジョギング、動的ストレッチといった一般的なw-upから、競技特有の動作やフットワークなどを行う専門的w-upまで様々なエクササイズを行う際のリード役となります。ひとつひとつのエクササイズの目的やポイントを端的に説明し、お手本となる動きのデモンストレーションをするなど、選手が怪我なくパフォーマンスを発揮できるようw-upを進めていきます。また、選手の気持ちやチームの雰囲気が盛り上がっていくよう身振り手振りを大きく使ったり、自らも大声を出したりして精神的にもいい状態でプレーに入っていけるようサポートします。

ケガで離脱している選手のリ・コンディショニング

怪我をして練習から離脱してしまっている選手をできるだけ早期に競技復帰させる事がチームにとって重要となります。そのための個別トレーニング指導(リ・コンディショニング)もS&Cコーチが担当すべき重要な仕事です。患部の機能回復や治療はアスレティックトレーナーや治療家にお任せしますが、患部以外は怪我をしていない選手と同様に健康なので受傷直後から普通にトレーニングします。むしろ練習をやっていない分トレーニングをしっかりと行える期間ですらあります。下半身を怪我して走ったりバイクを漕いだりできない場合でも、上半身だけでサーキットトレーニングを行うなどして心肺機能にも負荷をかけ持久力が低下しないようにしていきます。ちなみにだいたいの選手はリコンディショニングをかなり嫌がりますね。。でもやります。

年間のトレーニング計画

1年間のどの時期に、どんなトレーニングを、どれくらいやるのか、を考える事もS&Cコーチの仕事です。選手が行うトレーニングプログラムの作成や毎回のトレーニング指導は全てこの年間計画(ピリオダイゼーション)に基づいて進めていきます。

体力測定と評価

トレーニングの成果を客観的に捉えるために各種の体力測定を行います。測定する主な体力要素は、筋力・パワー・スピード・アジリティ・跳躍力・持久力などです。2〜3ヶ月に一度測定するものもあれば、数週間おきに継続的に測定するものもあります。測定をすることによって、チーム全体あるいは選手個々が今どれくらいの体力レベルにあるのかを把握しやすくなり、それぞれのトレーニング課題を明確にすることが可能となります。

合宿・遠征への帯同

試合や合宿などの遠征にも帯同します。遠征に必要な荷物の準備と搬出、現地入りしてからS&Cを行う場合はその環境のセッティング、試合前の個別コンディショニング、チームでのウォーミングアップ、試合中の給水の段取りや雑用、試合後の控え選手のコンディショニング、荷物の片付けと搬出など、S&Cに直接関係する仕事からチームの雑用まで結構忙しいです。宿泊がある場合は、滞在中に選手に提供する食事の献立について旅行代理店の担当者やホテルのスタッフと事前打ち合わせをする事もあります。

練習前or後の個別練習のサポート

練習が始まる前や練習が終わったあとなどに選手が行う個人トレーニングや個人練習の手伝いをやったりします。
多くの場合が選手からのリクエストに応える形ですが、時には個別の課題(怪我から復帰したばかりでまだコンディションが整っていない、大学生などで筋肉を増やす必要があるなど)がある選手に対してこちらから提案して実施することもあります。

S&Cコーチによって異なる少し特殊な仕事

練習量やコンディション変化のモニタリング

練習やトレーニングの強度・量、選手の疲労度合いなどを数値化し、それを毎日記録し続けることでチーム全体や選手個別の状態を確認していく作業です。数値化する指標は、体重や体脂肪率、選手が感じる練習強度(RPE)、心拍数や心拍変動(HRV)、血液や尿の成分など様々なものがあります。さらに近年ではGPSや加速度センサーなどを用いて選手のスプリント速度や走行距離、加速・減速・ジャンプ・着地の回数、ウェイトトレーニング時のバーベル挙上速度やジャンプ時の垂直速度、その時に発揮している力やパワーの大きさなどが計測できるようになってきており、それらを活用して選手にかかっている負荷とそれに対する選手の疲労度合いや負荷に対する準備状態(レディネス)を推定することが可能となっています。ただ、今のところこの分野に取り組んでいるS&Cコーチはまだまだ少ないと思われます。

監督・コーチとの練習計画や練習内容に関する話し合い

トレーニング計画を立案する際はまず監督・コーチの構想やチームのスケジュールありきですので、監督・コーチがどの時期にどんな練習をどれくらいやるのかをあらかじめ把握しておかなければなりません。そのために監督・コーチとは常にコミュニケーションを取りながらトレーニング計画の調整を随時行う必要があります。場合によっては選手のコンディションを伝えて練習日程や内容についてS&Cコーチ側から監督・コーチに進言することもあります(ただ実際のところこの点については、監督・コーチとの信頼関係がどの程度あるのかにもよるので、かなり突っ込んだ話ができる場合もあれば全く話をさせてもらえない場合もあったりします)。

選手へのトレーニング方針や計画に関するプレゼン

年間のトレーニング方針や計画が決まれば、それを選手に説明し目的と目標を共有するためのプレゼンテーションを実施します。毎年のシーズン初めはもちろんですが、シーズン途中であっても節目節目に進捗状況を共有したり、計画や目標設定に変更が生じた場合には状況を認識してもらうためのプレゼンを適宜行います。これらはチーム全体に対して行う場合や選手ごとに個別に行う場合など状況によりけりです。

選手の食生活に関する指導

トレーニング効果を高めコンディションを保つために重要な「食」に関する情報提供や指導を行います。CSCSやJATI-ATIを取得しているS&Cコーチであれば基本的な栄養指導は行えるレベルの知識は持っています。より詳細で専門的な指導が必要な場合は管理栄養士に協力を依頼する事になります。

トレーニングルームの管理

チームに自前のトレーニング施設がある場合に限ります。
ウェイトトレーニングで使用するバーベルやダンベル、トレーニングマシンなどのメンテナンス作業です。プレートの着脱がやりやすいようにシャフトの汚れを拭き取り油をさす・シャフトやダンベルのグリップ部分のサビを落とす・ウェイトスタックマシンのケーブルのテンションの調節・ベンチや鏡の拭き掃除・床掃除・トレーニング機器のメーカーさんとの連絡などなど細かい仕事がたくさんあります。

まとめ

私の経験をもとに思いつくまま書いたので、私以外のS&Cコーチの方々の現場とは少し異なる情報もあるかと思いますが、多くの現場の実情は概ねこのような感じではないでしょうか。

S&Cコーチを目指す方々や、S&Cコーチの採用を検討されているチーム関係者の皆さまの参考になれば幸いです。