スポーツトレーナーという名称への違和感とスポーツ医科学専門職の職域

最近、Twitterに次のようなツイートをしました。

そして別の日にアスレティックトレーナーの阿部さゆりさんの投稿をリツイートしました(ぜひこの前後の文脈も併せてお読みください)。

さらに数日後に、橋本貴智(@0t_t_t_t0)さんとこんなやりとりもしました(こちらもリンクを見ていただければw)。

いずれも競技スポーツの現場に立ってアスリートをサポートするスポーツ医科学に関する専門職の職域についての話題です。

S&Cコーチを含むこのスポーツ医科学専門職のことを、日本国内では一般的にスポーツトレーナー(あるいはトレーナー)いう名称で呼んでいますが、私はこの名称に対して、以前からずっと違和感を感じています。

そこで今回は、このスポーツトレーナーという名称に対する違和感と、競技スポーツの現場で働くスポーツ医科学専門職の職域について書いていこうと思います。

アスリートがパフォーマンスを高めるために取り組んでいること

アスリートは自身の競技パフォーマンスを高めるために、

  • 競技練習(チーム戦術と個人技術の両方)
  • 体力強化(筋力・パワー・持久力のトレーニング)
  • 怪我の予防(筋肉の柔軟性・関節の安定性と可動性、機能的な動作の獲得)
  • 体調の維持(規則正しい生活と十分な睡眠、栄養とエネルギーが充実した食事)

などに努めています。
時には怪我をすることもありますがその場合は、

  • 患部の治療(温熱や電気、超音波などの物理療法、柔道整復、鍼治療、など)
  • 患部のアスレティックリハビリテーション(機能回復のための運動療法)
  • 患部以外のトレーニング(筋肉量と筋力、持久力の低下を抑制)

に取り組みます。
そして患部が回復し、走る・跳ぶ・止まるといったスポーツ動作ができる状態に戻ってきたら、競技練習を少しずつ再開しながら、

リコディショニング
(リハビリ期間中に低下した筋力・パワー・持久力などを、怪我をする前のレベルに戻すためのトレーニングのことで、内容としては怪我をしていない選手が行なっているのと同レベルの筋力TRでありスピード&アジリティTRでありプライオメトリクスであり持久力TRとなります)

を行い競技への完全復帰を目指します。

このように、アスリートはパフォーマンスを向上させるために非常に多くのことに取り組んでいます。そして、日本国内ではこれらトレーニング(リコンディショニング含む)や治療、リハビリをサポートする専門職のことをスポーツトレーナーと呼んでいます。

ですが、このスポーツトレーナーという名称(概念とでも言いましょうか)に対して、私は長い間ずーっと、そして大いなる違和感を感じています。

Googleで「スポーツトレーナー」で検索して上位に出てくるサイトでは、スポーツトレーナーの仕事を以下のように紹介しています。

運動能力を高めるための基礎トレーニング指導、
競技や練習中の怪我の応急処置、
リハビリサポート、
試合に向けた心身のコンディショニング調整

スタディサプリ「スポーツトレーナーの仕事内容」より引用

これを読むと、スポーツトレーナー(トレーナー)は、

トレーニング指導ができて、テーピングが巻けて、怪我の応急処置ができて、その後の治療も、復帰のためのリハビリも、普段の体調管理やメンタルコントロールに到るまで、アスリートがパフォーマンスを高めるために取り組んでいることすべてをサポートする人

と思えますよね。。

スポーツ関係者ではない一般の方の多くはこのような認識を持っておられるのではないでしょうか。報道などでもスポーツトレーナーの実際を正しく伝えられていない場合も少なくなくありません。さらには一般の方だけでなく、スポーツ現場で働くことを考えている学生さんや、場合によってはすでにスポーツの現場で働いている専門職の中にさえもこのような認識が定着してしまっていると感じます。

スポーツトレーナーという名称に対する違和感

ですが、上記のトレーニング、治療、リハビリをアスリートに提供するために必要となる専門的な知識とスキルは大きく異なりますし、知識やスキルを持っている証しとなる認定資格もまったく違うものです。そしてそれぞれの領域の専門性に特化した別々の職業が存在しています。
にも関わらず、専門領域の異なるこれらの専門職をスポーツトレーナーという名称でひとくくりにしてしまっているのが個人的にはどうしても腑に落ちません。

ぜんぶ違う職業なのにひとまとめにする必要あるのか?と。

このスポーツトレーナーという名称とその仕事内容に関する情報がとにかく曖昧であることが、スポーツ医科学や専門職に対する誤った認識を広めていて、業界の発展の妨げにもなっている。とさえ思っています。大げさですかね。。

アスリートのパフォーマンス向上をフィジカル面からサポートするスポーツ医科学専門職について

スポーツ医科学に関する専門領域をトレーニング、リハビリ、治療に分類すれば、それそれの専門職は以下のようになります。

トレーニング

ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ
ウェイトトレーニングを軸に、筋力・パワー・持久力の強化を担当します。怪我をして競技復帰を目指している選手の患部以外のトレーニングやリコンディショニングも担当します。
多くのサッカーチームではフィジカルコーチコンディショニングコーチという名称で知られています。トレーニングルーム内での筋力トレーニングのみを担当する場合はストレングスコーチと呼ばれたりします。

他にもパーソナルトレーナーといって、マンツーマンのトレーニング指導を提供する職業もありますが、指導対象はアスリートだけではなく一般の方や高齢者、子供も含みます(中にはアスリートは指導対象としていない方もおられます)のでアスリート専門という訳ではありません。

代表的な資格として、全米S&C協会(NSCA)の認定S&Cスペシャリスト(CSCS)と日本トレーニング指導者協会(JATI)の認定トレーニング指導者(ATI)があります。
他にも全米スポーツ医学協会(NASM)のパフォーマンスエンハンススペシャリスト(PES)、NSCAや全米エクササイズスポーツトレーナー協会(NESTA)が発行しているパーソナルトレーナー資格(NSCA-CPT, NESTA-PFT)などがあります。

こんなにたくさん資格があるのに、なぜCSCSとJATI-ATIが代表的な資格なのかというと、国内のスポーツ医科学の中枢機関として日本のスポーツの国際競技力向上を担う国立スポーツ科学センター(JISS)でトレーニング指導スタッフとして働くための必須資格となっているからです。

S&Cコーチの専門領域は怪我をしていない選手の体力強化です。
怪我をした選手の競技復帰の手法についてはそれほど詳しく学ぶことはありませんので、次に出てくるアスレティックリハビリテーションを担当することは通常はありません。

アスレティックリハビリテーション(アスリハ)

アスレティックトレーナー
選手がプレー中に怪我をした場合に、それがどの程度の怪我なのか(すぐに病院へ行く必要があるかどうか、プレーが続行可能かどうか)を評価し、必要があれば応急処置をします。その後医師による診断結果を基に、怪我をした部分(患部)の低下してしまった機能を回復させるための物理療法(温めたり冷やしたりする温熱療法、微弱電流や超音波をあてて治癒を促進する物理療法など)や運動療法(関節可動域や患部のまわりの筋力を受傷前の状態に戻すエクササイズ)によるアスレティックリハビリテーションを担当し、選手が通常に走ったり跳んだり止まったりできる状態に戻るまでのサポートを担当します。これ以外にも、怪我の発生を予防するためのエクササイズ指導や疾病に対する対応など、非常に多くの範囲をカバーできる専門職です。

代表的な資格として、全米アスレティックトレーナー協会(NATA)の公認アスレティックトレーナー(NATA/ATC)または日本スポーツ協会(JSPO)の公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT)があります。この2つは似たような名前ですが、前者はアメリカの、後者は日本国内の認定資格で、その教育カリキュラムや認定試験の内容はまったく別のものとなっています。
この二つの資格もJISSでアスレティックトレーナーとして働くための必須条件となっています。

理学療法士
主に病気や怪我、高齢などで運動能力が低下した人を対象に、基本的な動作能力の回復を目的とした理学療法(物理療法や治療体操など)を施す専門職です。
スポーツに特化した仕事ではなく、一般の方々の日常生活(ADL)の改善と生活の質(QOL)の向上がその役割となりますが、その知識とスキルを活かしてアスリートのアスリハをサポートされる方もおられます。

資格は理学療法士(PT)という国家資格です。大学・短大・専門学校などの養成校で3年以上学ばなければ受験できません。

アスレティックトレーナー、理学療法士のいずれも怪我をした選手が通常の動作ができるようになるまでが専門領域です。その教育課程に、ウェイトトレーニングをはじめとしたS&Cの手法を専門的に学ぶ機会はありませんので、怪我をしていない選手に対して体力強化を目的としたトレーニング指導を担当することは通常はありません。

治療

柔道整復師
骨折・脱臼・打撲・捻挫・挫傷などに対し、人間の持つ治癒能力を最大限に発揮させる柔道整復術(ほねつぎ、接骨)と呼ばれる治療法を施す専門家です。柔道整復師という国家資格を取得すれば「接骨院」「整骨院」を開業することが可能となります。また病院所属の柔道整復師として働く方もおられます。

鍼灸師(はり師・きゅう師)
鍼や灸を用いた刺激によって人間の持つ自然治癒力を高め、怪我や疾病からの回復、健康増進を図る治療法を施す専門家です。本来は「はり師」と「きゅう師」は別々の国家資格であり、その両方を持っている人材が鍼灸師と呼ばれています。

柔道整復師、鍼灸師のいずれも患部に対する治癒行為が許されています(日本国内ではアスレティックトレーナーが治療行為をすることは認められていません。一方、アメリカではアスレティックトレーナーは準医療従事者として医師の診断のもと治療行為を施すことが認められています)。しかしながら、その教育課程でアスリハやトレーニングを専門的に学ぶことはありませんので、アスレティックトレーナーやS&Cコーチが行う仕事を担当する能力は有していません。つまり怪我の治療のみがその本来の役割となります。

この他にもカイロプラクティックオステオパシーロルフィングといった施術法があります。私の知る限りでは、いずれも個人で開業されている方がほとんどで、スポーツ現場で働いているという方は少ないという印象です。

注)治療分野に関しては全くの専門外ですので、詳細については文中のリンク先にてご確認ください。

このように、アスリートに対する①トレーニング指導、②怪我の予防とアスリハ指導、③怪我の治療、を提供するスポーツ医科学専門職には専門性が異なる別々の職業があり、それぞれがその専門性に特化した知識とスキルを活かしてアスリートのパフォーマンス向上をサポートしています。

それぞれが異なる専門性を持っているということは専門外の領域もある。ということも付け加えておきたいと思います。専門外の領域があるということは、その領域のサポートにおいて責任ある仕事ができる能力は有していない、ということになります。

したがって、

決して、スポーツトレーナーという職業の人がひとりでこれらすべてのサポートを行っているということではありませんし、スポーツトレーナーだからといって、中途半端な知識とスキルで専門外の領域への介入はするべきではありません

この点は特に強く申し上げておきたいと思います。

個人的には、スポーツトレーナーという名称や分類はもうやめてしまって、

  • トレーニング指導者
  • アスレティックトレーナー
  • 治療家

という分類にしてしまえばいいのにと思っています。そうすればシンプルだし、スポーツトレーナーならアスリートの体について何でも知っていて何でもできる(できなければならない)という誤った認識も改められるのではないのかなぁ、と思う次第です。

スポーツ医科学専門職のサポートを必要とされているアスリートや指導者のみなさんに知っていただきたいこと

ここまでお読みいただけたら、アスリートのパフォーマンス向上をサポートするための専門職が複数あることがご理解いただけたかと思います。パフォーマンス向上のためにスポーツ医科学専門職に何らかのサポートを依頼することを検討しておられる場合には、必要とされているサポートが、①トレーニング、②怪我の予防とアスリハ、③怪我の治療のどれなのかを明確にした上で、そのニーズに応えることのできる適切な人材をお探しいただければと思います。

スポーツ医科学専門職として働いている人や専門職になることを目指しているみなさんにお伝えしたいこと

すでに専門職として働いておられる方は、自分の専門領域を自覚し、専門外の領域に関するサポートには介入すべきではないでしょう。専門職がひとりしかいない現場で働いていると、専門領域以外のサポートも頼まれる(あるいは強要される)場合がある事は私も知っています。しかしトレーニング指導もアスリハも治療も聞きかじりの情報や見よう見まねのスキルでできるほど簡単なものではありません。専門外の仕事は断る勇気を持っていただければ思います。もし引き受けるのであれば、その領域の専門職に負けないほどの知識とスキルを身につける努力はすべきでしょう。

専門職を目指している方々は、まずは自分が進みたい方向性が、①トレーニング指導、②怪我の予防とアスリハ指導、③怪我の治療のどれなのかを明確にしましょう。そこが明確になれば、何を学び、どんなスキルを身につけなくてはならないかが決まります。
もし決めかねているのであれば、まずは運動生理学や機能解剖学といった基礎知識をしっかり身につけましょう。どんな領域に進むことになっても基礎知識は共通しています。基礎知識が身についていれば専門知識を学ぶ時に大いに役立つでしょう。

ただし、トレーニング指導もアスリハも治療も全部同時にできるようになろうとは考えるべきではないでしょう。異なる領域の専門知識とスキルを同時に習得することは到底できません。もちろん異なる領域に渡ってマルチに活動されている専門職の方もおられます。しかし彼らは、それぞれの領域の知識とスキルと資格を、ひとつずつ時間とお金をかけて習得してこられたということは知っておくべきです。

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