【論文紹介】バスケットボールにおける疲労のモニタリングと管理

みなさんこんにちは。
ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチの池田です。

近年、競技スポーツの現場では選手の体力や体調といった身体条件、すなわち「コンディション」を数値化することで、疲労の蓄積やパフォーマンスの低下、ケガの発生を回避しようとする試みが広く行われています。このように選手のコンディションに関する何らかのデータを日常的に測定・観察していく行為を「モニタリング」といいます。

日本国内では、サッカーやラグビーの多くのチームが疲労やパフォーマンスのモニタリングを取り入れています。一方、バスケットボールでモニタリングを取り入れているのは、プロや大学のいくつかのトップチームのみに限られています。ですが、最近では様々なセンサーやソフトウェアの開発・普及が進んできており今後はバスケットボールでもモニタリングを活用するチームが増えていくことが予想されます。

しかし、モニタリングでどのような指標を用いるのか?そしてそこから確認できた選手のコンディションに対して、練習やトレーニングの強度・量をいかにマネジメントすべきか?という点については、サッカーやラグビーでも試行錯誤が続けられており、バスケットボールではモニタリングに関する研究が少なく情報が不足しているようです。

そこで今回は、そんなバスケットボールにおけるモニタリングに関するこちらの文献をご紹介したいと思います。

Monitoring and Managing Fatigue in Basketball.
Edwards T, Spiteri T, Piggott B, Bonhotal J, Haff GG, Joyce C.
Sports (Basel). 2018 Feb 27;6(1):19.

この文献では、大学やプロのバスケットボールに適した疲労のモニタリングと管理方法がまとめられています。

注意
以下は紹介する文献の原文(英語)を意訳したものに補足説明と私自身の意見を加筆したものです。内容や参考文献などについてはぜひ原文をご参照ください

研究の背景

バスケットボールは、スプリント・シャッフル・方向転換・ジャンプなどの高強度運動を繰り返すスポーツであり、これらの運動による疲労の蓄積がパフォーマンス低下やケガの要因になると考えられます。

運動負荷と疲労を主観的・客観的に測定する事で、パフォーマンス低下とケガの発生を回避できる可能性があります。他競技では疲労とパフォーマンスのモニタリングが研究されていますが、バスケットボールではそのような研究は不足しています。

運動負荷の定量化

疲労を管理するためには、練習や試合の運動負荷を数値化することが重要となります。運動負荷と疲労度を測定することで、選手がプレーする準備ができているかどうかを知ることができます。

運動に対する疲労反応は、運動強度、代謝能力、年齢、性別、体格などによって個人差があります。例えば、ヨーロッパのエリートバスケットボール選手ではYoYo間欠性回復力テストレベル1(YYIR1)の走行距離と練習中の主観的運動強度(s-RPE)との間に強い相関関係が認められるなど、同じ練習を行った場合でも、有酸素能力の高い選手はそうでない選手よりもその練習が楽に行えている可能性があります。

内的な運動負荷を定量化する指標として、練習でのセッションRPE(s-RPE)がよく知られていますが、最近ではマイクロテクノロジーを使用して選手への外的な運動負荷を定量化することができるようになりました。

マイクロテクノロジー

サッカーやラグビーでは、練習や試合中の運動負荷をモニタリングするためにGPS(Global Positioning System)などのテクノロジーが活用されていますが、GPSには屋内スポーツやバスケットボール特有の動きを検出するための信頼性と妥当性の問題などがあり、バスケットボールのモニタリングには適していませんでした。

しかし近年、加速度計やジャイロスコープなどのセンサーが内蔵された慣性測定ユニット(IMU)と呼ばれる機器(LPS:Local Positioning System)が開発され、バスケットボールのプレー中の位置、方向、速度、加速、減速などを測定することが可能となっています。プレー中の加速度の変化から計算される加速度負荷(AL:Accelerometer Load)は、フルコートでの3 vs 3または5 vs 5の対人練習がより高く、ポイントガードはドリルに関係なくALが高くなることがわかっています。

IMUの応用はバスケットボール選手のコンディショニングに役立つ可能性がある一方で、サイドステップやジャンプなどのバスケットボール特有の動作を数値化するためにはさらに詳細なモニタリングが必要であると考えられてます。

セッションごとの主観的運動強度(s-RPE)

バスケットボールにおける内的な運動負荷を定量化するために、セッションRPE(s-RPE)を用いることが一般的な方法として知られています。

セッションごとの主観的な運動強度(RPE:Rating of Perceived Exertion)を意味するセッションRPE(s-RPE)は、運動負荷を定量化する指標として様々なスポーツで活用されています。
s-RPEは、そのセッションの練習のキツさを0〜10の数値で表したRPEに、そのセッションの時間の長さ(分)を乗じて算出します。例えば、その日の練習のキツさが「6」で、その日の練習時間が90分だった場合、s-RPEは「540」となります。

ヨーロッパのエリートバスケットボールにおける週ごとのs-RPEは、試合のない週と1〜2試合ある週とでは有意に異なっており、s-RPEと心拍数を用いたトレーニング負荷(TRIMP)との間にも強い相関関係があることが報告されています。しかしオーストラリアのセミプロバスケットボール選手においては、s-RPEとALとの関係性がそれほど強くないことも報告されています。

したがって、s-RPEといった内的負荷測定に加え、加速度計またはIMUなどのテクノロジーを用いた外的負荷測定も併せて実施することが推奨されます。

疲労のモニタリングツール

バスケットボール選手のパフォーマンスおよび知覚疲労のモニタリング指標には、以下のようなものがあります。

  • スプリント能力
  • 選手の自己申告(ASRM)
  • 垂直跳び
  • 心拍数指標
  • 生化学的指標

スプリント能力

NCAAディビジョンIIでは、5mスプリントタイムとプレータイムとの間に中程度の負の相関関係がある一方、20mスプリントタイムはプレータイム、得点、アシスト、リバウンド、スティール、ブロックとの関係性はさほど強くありません。また、ヨーロッパのエリートバスケットボール選手では試合の24 時間後に10mスプリントタイムが減少したことが報告されています。したがって、バスケットボール選手の疲労を識別するためには、5~10mのスプリント測定によって選手の加速能力をモニタリングすることが有効であると考えられます。

選手の自己申告(ASRM:Athletes Self-Report Measures )

様々なスポーツや競技レベルにおいて、選手の健康状態を評価するために以下のようないわゆる選手へのアンケート調査(ASRM)が実施されています。

  • Profile of Athlete Mood States (POMS)
  • Daily Analysis of Life Demands of Athletes (DALDA)
  • Total Quality Recovery (TQR)
  • Recovery Stress Questionnaire for Athletes (REST-Q)

疲労、睡眠の質、ストレス、気分、筋肉痛を含むASRMは、アメリカンフットボールやイングランドサッカーにおける日々の運動負荷の変動と有意に関連しています。また、アメフト選手の練習前の筋肉痛のzスコアが1単位増加する(筋肉痛が少ないと感じている)とs-RPEが4.4%減少することや、ウェルネスのzスコアが1単位減少すると外的負荷が4.9%減少したことなども報告されています。バスケットボールにおいてもASRMを毎日実施することが、選手の疲労度を把握し練習の強度や量を決定する助けとなる可能性があります。

zスコアとはある数値が平均から標準偏差の何倍離れているかを示す数値で、
次の式を用いて計算することができます。

選手の数値 – 選手全員の平均値/選手の数値の標準偏差(SD)

垂直跳び

バスケットボールで頻発する加速、減速、方向転換などの動作は、伸長-短縮サイクル(SSC:Stretch Shortening Cycle)を利用する能力に大きく依存しており、神経-筋の疲労によって反復的なパフォーマンスが低下する可能性があります。

神経-筋機能やSSCを利用する能力を評価するために、カウンタームーブメントジャンプ(CMJ)ドロップジャンプ(DJ)の測定が広く用いられています。

垂直跳びの測定には、最高到達点と跳躍高を計測できる一般的な垂直跳び計(棒に羽がついてる器具)の他、マットスイッチや地面反力計、リニアポジショントランスデューサーなど、様々な機器が使用されています。

メタ分析では、複数回のCMJの平均跳躍高が最大跳躍高よりも疲労や超回復を高感度で検知できることが報告されています。しかし、ハンドボール選手が3日間の大会後に跳躍高が有意に低下した一方で、プレシーズン終盤のセブンズラグビー選手では跳躍高が変化しないなど、跳躍高のみをモニタリング指標とすることについては知見に一貫性が見られません。跳躍高にはSSCの利用能力、負荷のかけ方、跳躍動作などが影響すると考えられています。

収縮時間に対する滞空時間の比率(FT:CT比)が、女子バスケットボール選手の神経-筋疲労を高感度で検出できることが示唆されています。反対に、オーストラリアのエリートバスケットボール選手における台高40cmからのDJ測定では、反応力指数(跳躍時間/接地時間)がシーズン中のs-RPEの変化を検出することはありませんでした。

CMJが遅い(接触時間が250ms以上の)SSC反応であるのに対し、DJは速い(接触時間が250ms未満の)SSC反応であるため、単純に両者を比較することは困難です。しかし、高レベルの神経-筋機能は、跳躍能力や方向転換能力、そしてバスケットボールのパフォーマンスにとって重要であるため、疲労のモニタリングに垂直跳びの測定を活用することは有効であると考えられます。

安静時心拍数および心拍変動

安静時心拍数(RHR:Resting Heart Rate)心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)など心拍数関連の指標の変化を測定することで、練習や試合の負荷に対する選手の疲労度や適応度を理解できる可能性があります。

安静時心拍数(RHR)

RHRの増加は、オーバーリーチングやオーバートレーニングの兆候として知られています。オーバーリーチングの指標としてのRHRの妥当性を調査した34研究のシステマティックレビューでは、短期間(2週間未満)の介入後にはRHRが中程度に増加したものの、長期間(2週間以上)の介入では変化が見られませんでした。これらの知見は、2週間未満の合宿や急激に負荷が上昇する過密日程の間では、疲労のモニタリングにRHRを用いることが有効となる可能性を示唆しています。しかし、シーズン全体の縦断的なモニタリングにおいては、RHRは有用ではないかも知れません。

心拍変動(HRV)

自律神経活動の反応を示す指標として、心拍と心拍の間隔(R-R間隔)の変動性を表すHRVが知られています。HRVは、個人スポーツの運動負荷やパフォーマンスの変化に対して感度が高いことが示されているものの、チームスポーツでは十分な証拠が得られていないなど、疲労のモニタリング指標として使用するにはまだ注意が必要なようです。
HRVもRHRと同様に2週間の介入またはオーバーロードにおけるモニタリング に有効とされていますが、バスケットボール選手におけるHRVの有効性は今のところまだ示されていないようです。

生化学指標

テストステロン、コルチゾール、クレアチンキナーゼなどの生化学指標も、運動負荷に対する反応の調査に広く用いられています。

タンパク質同化ホルモンであるテストステロンのレベルをモニタリングすることで、選手の同化状態を理解することができます。短期間のトレーニング量の増加と安静時の遊離テストステロンレベルの間に負の相関関係が見られる一方で、長期間では安静時のレベルに変化がないことが報告されています。

コルチゾールはアミノ酸を炭水化物に変換する異化ホルモンです。
遊離テストステロン:コルチゾール(TC)比は、運動負荷に対する同化と異化のバランスを判断するための指標として使用されています。バスケットボール選手を対象とした4年間の研究では、すべての選手がレギュラーシーズンの最後の3分の1に最も異化状態を示し、中でもパワーフォワードとスモールフォワードが最も顕著でした。しかし、別のバスケットボール選手の28日間の合宿ではテストステロン、コルチゾール、TC比に変化は見られませんでした。

クレアチンキナーゼ(CK)酵素は筋細胞内に貯蔵されていますが、激しい運動後は筋肉の損傷に伴い血液中に放出されるため、血中のCKレベルを測定することで運動後の筋損傷レベルを評価することができます。
バスケットボールやその他のスポーツにおける短〜長期間のCK反応が確認されていることから、CKは疲労のモニタリング指標に適していると考えられますが、安静時のCKレベルは個人差が大きいため選手ごとに基準値を設定することが推奨されています。

疲労の管理

選手はトレーニングキャンプやプレシーズンに、より多くの練習量をこなすことが求められるため、トレーニングキャンプ(およびプレシーズン)期間と試合期とでは異なる方法でのモニタリングを実施することがあります。

トレーニングキャンプ

7週間(大学)あるいは3週間(NBA)のプレシーズン期間中、選手は高負荷にさらされます。この期間はトレーニングとリカバリーを適切に処方することが重要となります。ケガのリスクを抑えるために運動負荷を10%以上スパイクさせないことが推奨されています。選手への適切なトレーニング処方のために、オフシーズンに多くのトレーニングを行われる、トレーニングキャンプでの練習量を減らす、またはその両方を組み合わせることで、運動負荷の大きなスパイクを減らすことができるかもしれません。
運動負荷と疲労の両方をモニタリングすることで、選手がの運動負荷にど反応しているかを理解することができます。単一の指標のみを用いた疲労モニタリングではトレーニングに対するアスリートの反応を完全に把握することはできないと報告されており、複数の指標を組み合わせた疲労モニタリングが推奨されています。

試合期

試合期の注意事項は、移動の影響と試合日程の違いです。
ラグビーリーグでは,一部のポジションでは試合間隔が長い方が負傷率が高く,他のポジションでは試合間隔が短い方が負傷率が高いことがわかっています。バスケットボールでもポジションの違いを考慮に入れながら選手個々の運動負荷と疲労度をモニタリングすることで,選手が移動や試合間隔,そして試合の負荷にどのように反応するかを確認することができます。

大学では1週間に2試合を行いますが、NBAは7日間で最大5試合を行うことがあります。過密日程はプレーオフでもよく見られ、選手は試合間の時間が24時間しかない中で試合をしなければなりません。疲労度の高さと負傷率の増加は、過密日程による運動負荷の急増と関係していることが示唆されています。
10mのスプリント速度とCMJの跳躍高が、試合後24〜48時間後まで低下したことから、バスケットボール選手は、練習や試合の間には24~48時間の回復時間が必要であると考えられます。

注意点

疲労モニタリングを実施する前に、以下のような統計量を使ってモニタリング指標の信頼性を確認することが重要とされています。

  • クラス内相関(ICC:Intra Class Correlation)
  • 変動係数(CV:Coefficient Variation)

ICC は繰り返しの測定やモニタリング指標間の関係を確認するために使用され、CVは指標ごとのバラつきの大きさを表します。ICCが0.8以上、あるいはCVが10%未満の場合、信頼性があると考えられます。さらに、SWC(Smallest Worthwhile Change = 確実な最小の変化) を用いれば疲労のわずかな変化を判別できるようになります。

結論

スポーツ科学者やS&C専門家は、以下のようなモニタリングを実施することが重要です。

  1. 練習や試合の運動負荷をモニターする
  2. 選手の疲労度をモニターする
  3. 適切なリカバリーセッションを処方する
  4. 運動負荷を調整し管理する

モニタリングを導入する際には注意が必要ですが、複数の指標を用いた運動負荷と疲労のモニタリングを同時に実施することで、長いシーズン中の選手のコンディションに関する理解を深めることができます。
このレビューでは、文献で報告されている疲労のモニタリング指標について論じています。他のいくつかの指標を活用することでより効果的に選手の疲労をモニタリングできる可能性がありますが、それらの指標についてもさらに調査する必要があります。

まとめ(私の考え)

文献では様々なモニタリング指標が紹介されていますが、多くの現場では予算や人材の問題で採用できない方法もあるのではかと思います。例えばGPSやLPSといった機材は非常に高価ですので導入するにはハードルは高めですし、生化学の指標などは血液を採取する必要があったりしてこちらも簡単には実施できないかも知れません。

ですが、sRPEの確認や垂直跳びの測定なんかは、どんな現場でも比較的簡単に実施できるのではないかと思います。sRPEは無料のGoogleフォームによる選手アンケートや、たくさんの質問項目をカスタマイズして選手がスマホから回答できる有料のコンディション管理サービス(ONE TAP SPORTSAtleta)なんかを利用すれば簡単に確認できますし、最近では比較的安価な(といっても数万円しますが)加速度センサー内蔵の測定デバイスが販売されていますので、それを使って垂直跳びのパフォーマンスをより詳細に測定することもできます。垂直跳び測定用のスマホアプリなんかもありますね。

個人的にはsRPEと垂直跳び(単純な跳躍高でもデバイスによる測定値でもどっちでもいいと思います)の組み合わせでモニタリングしていくのが、今のところ一番手軽な方法なのではないかと思います。

みなさんの参考になれば幸いです。